みんなで読む哲学入門

Ph.Dが講師の市民講座(上野ゼミ)

上野大樹講師より2022年度の振り返りと学習のご案内

 「みんなで読む哲学入門」講師の上野です。

 二点ほどお知らせがあります。


 一つ目ですが、私が長尾伸一氏・小田部胤久氏・逸見龍生氏・武田将明氏と共編者をつとめた『啓蒙思想の百科事典』が、2月、丸善出版より公刊されました。分厚い事典であり、内容や形式面でも、また昨今の厳しい専門書籍の出版事情などもあり、なかなか個人でお買い求めいただくには厳しい価格設定となっていますが、少しでもご興味を持たれた方はお住まいの近くの公立図書館などで、ぜひリクエストしていただけましたら幸いです。

 

日本18世紀学会 啓蒙思想の百科事典編集委員会
『啓蒙思想の百科事典』丸善出版

啓蒙思想の百科事典』丸善出版


 二点目。定期的な読書会はしばし休会させていただいていますが、そのあいだにも、ネットの世界にはたいへん有益な素材が溢れているので、そちらを使ってぜひ自学自習を進めてください。今回は2022年度冬期の『フーコー・コレクション5』読書会の議論で話題となったテーマに関わる無料の動画を、YouTubeチャンネル「哲学の劇場」から、いくつかご紹介したいと思います。「哲学の劇場」は、山本貴光さんと吉川浩満さんが主宰されているチャンネルで、たいへんためになるコンテンツが満載です。

 

〈哲学と、生活世界・実践活動・非哲学〉

 哲学には、日常生活から超越した難解な理屈をこねくり回すというイメージがつきまといます。実際に啓蒙思想の一部は、哲学の対象をアプリオリな超越論的領野に限定し、観想的生(理論)は活動的生(実践)からは厳密に切り離されるべきだと主張します。
 それに対して、アダム・スミス道徳感情論』では、そうした哲学的理性ではなく、日常的な人びとの行動の観察にもとづいてモラルサイコロジーとしての哲学を構築しようとする試みを見てきました。20世紀のフーコーも、今回扱ったテクストで主題化されていたように、晩年は「自己の技法」や「生存の美学」と呼ばれる問題群にフォーカスし、哲学的関心と実践的・実用的関心とを截然と切り離さない視点を採用します。これは敢えて言えば、哲学をあらためて実用化・通俗化する試みであり、「哲学」と「自己啓発」の境界を再び曖昧化する試みです。
 こうした哲学・思想の捉え方は、哲学の「門前」という吉川さんのアプローチにも一脈通じるものがあると思います。それは文体にもいえて、エッセイ・随筆というスタイルを採用すること自体が、エッセイストとなったヒュームにも見られるように、行為遂行的な意味をもっています。

#121 活動報告/『哲学の門前』『モヤモヤの日々』『私たちはAIを信頼できるか』『自由に生きるための知性とはなにか』『絶版本』「文学のエコロジ...

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 「対話篇」というのも、そうした「会話による哲学」の一つのモデルでしょう。「哲学の劇場」での山本さんと吉川さんのやり取りがまさにそうです。お二人の最近の書籍では、『その悩み、エピクテトスなら、こう言うね。』があります。

新刊 『その悩み、エピクテトスなら、こう言うね。』(筑摩書房)刊行記念 

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 アダム・スミスフーコーも、実践的・実用的な哲学(ある種のポピュラー哲学)という問題を考えるにあたって、古代哲学、特にストア派の哲学に着目しています。エピクテトスはその代表格です。
 18世紀の啓蒙思想、20世紀北米の(カウンターカルチャー周辺の)自己啓発ムーブメントにくわえて、現代の認知行動療法も、ストア哲学と深い関係にあると指摘されています。また、認知行動療法自己啓発も、「習慣」形成がキーワードだと思います。この習慣は、古代を代表する哲学者、アリストテレスの「徳倫理学」で重視されてきた概念です。現代では、脳科学認知科学、あるいは行動科学・行動経済学の成果が重要になってきています。そのあたり、以下の動画でもお話しされています。

人文的、あまりに人文的#116 注目の新刊/『認知行動療法の哲学』『たくさんのふしぎ』『性と芸術』『オデュッセイア』『データ管理は私たちを幸福に...

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#142 注目の新刊/『人新世の人間の条件』『習慣と脳の科学』『技術哲学講義』『科学で宗教が解明できるか』『フッサールの遺稿』『Gold』ほか

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 自己啓発、あるいは通俗哲学や実用的人間学の役割は、近代日本では、インテリ層の「教養」並んで勤労層の「修養」によって担われたという指摘も、以下で紹介されています。これは、2022年9月のみん哲オンライン研究会で、池田成一先生のお話のなかでも登場してきました。

#123 注目の新刊/『顔を聞き、声を見る』『「修養」の日本近代』『羊皮紙の世界』『初めて書籍を作った男』『文にあたる』『民間説話 普及版』『本...

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 哲学の場としての大学は、起源としてはある種の市井の「読書会」コミュニティのようなものだった。それが近代になって制度化され、上述のような市民社会からの乖離が生じたという見方もあります。

#135 哲劇のあいうえお 「大学」の回

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 最後に、現在市井でこうした場を提供してくれているイベントの紹介を貼っておきます。「非哲学」あるいは「非哲学者」の観点からの哲学へのアプローチにより、ものを考える=本を読むことのかなり実用的なトレーニングを受けられます。吉川さん、そして前回のみん哲読書会でレジュメを担当してくださった酒井泰斗さんが講師です。じつは私自身も参加しており、「非哲学者のための哲学読書会」の効用を日々実感している身です。

#139 活動報告/酒井泰斗+吉川浩満「非哲学者による非哲学者のための(非)哲学の講義&哲学入門読書会」のご案内

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上野大樹